子供の頃のこんなことは今でも忘れない

「人は、この体温では生きてられませんよ〜」

娘が言うには、今朝クラスの男子が(3年生)コロナで義務となってる朝の検温をテキトーに書いたことがバレたそなんです。

「23℃」

それは、ない。

 

私もバタバタの朝は、娘の額に手を当てて「う〜ん36.8かな?」なんて予想することはあるけども、基本的にはちゃんと計った方がいいものです。

きっと同じように、その子のお母さんも、「ごめ〜ん、書いといて〜」と言ったのかもしれません。

 

近年は、子供のことに関わりすぎる過干渉な親御さんも珍しくないですが、私たち世代の親はテキトーなのが普通でした。

 

ちなみに我が母親は、私が小学校6年生の時に修学旅行からクタクタで帰ってきて、バスから降りるなり既に行列のお迎えのお車に乗り込む皆の姿を見届けながら、大きな荷物を抱えて校門で待ってましたが、日が暮れても母は迎えに現れませんでした。

私は一人で歩いて帰りました。日にちを間違えたのはわかるけれど、帰ってきた私の前で、自分のミスを大笑いしたことに最初とても腹が立ち後に深く傷つきましたね。

 

中学校の入学説明会では、みんなスカートの中、私だけズボンでちょ〜恥かしかったし。

お昼のお弁当のおかずが、キャベツの千切りに冷凍チキンナゲット2個とリンゴがのっかっていて、友達全員にツッコまれたこともあります。

 

予想通り、思春期は荒れましたね〜。笑

そして、それは微妙な味わいの古傷となって長年残っていました。

どのエピソードも母は、覚えてないそんなことしてないと言ってました、、そんなもんです。

 

その反動かな?こんなお弁当作ってもらえる娘が羨ましいわ〜。

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今はもうどうでもいいことだけど、子供の頃の嫌だった思い出や傷やトラウマなどは、大人になっても無意識に再現されることが多いのだと思います。

(心理学的にわかっていることは多いそうですが、ここでは書きません)

 

その表現の形は様々ですが、

親が厳しかった子供は大人になっても、自分の評価が低すぎることがあったり、

親に怒られて外に出されたり閉じ込められたりしたことのある子供は、他人への共感力が低かったり、感情のコントロールがうまくできないことがあります。

 

それはもう済んだことだから仕方のないことでもあるんだけれども、ある程度の歳になってくると、周りと比べ自分自身の“変さ”に気づいてしまいます。

自分に都合の良い友達だけで群れる人、向き合って癒しを求めようとする人、癒しを求めるが改善までは至らない人、どっちにしても自分が求める限りそれにふさわしい相手に恵まれてきます。

 

仮に虐待を受けてきた人は、また自分を虐待し続ける人から、逃げることが難しいかもしれません。

むしろ惹きつけるものがあるのかもしれません。

だからと言って、しょうがないことではない。

 

誰でもみんな、辛い過去のひとつやふたつは持っていますね。

カウンセリングで話を聞いてもらっている時だけ気分が良いというのでは、何の解決にもなっていきません。

その時だけ気分が良くなればいいのなら、他にも簡単な方法は山ほどあるはずです。

 

真に自分が変わっていくには、カウンセリングやセッションを受け続けて、変わっていく自分自身を第三者的に見据えることができるようになってから、その先です。

何度も何年も同じ話をしているのではなく、変化を受け入れるトレー二ングを繰り返しすることで、私たちは強くなった自分に気づいていくことになります。

 

ひとつの問題を、いろんな角度から見つめ、複数の問題に関連性を見つけ出すように、

ひとりの人間を、同じようにいろんな角度から見つめてみることで、いくつかの解決策に絞り込まれていきます。

 

ひとりで悩んでいるのは苦しいことだとは思いますが、相談して相談して相談して、何度も同じことを繰り返すことの方を、それ自体を見つめてみることも大切だと思います。

 

いつだって静かなヤドカリたちに癒されます♪

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さて、今週末のmy organicは、土日とも営業はお休みとなります。

それでは、雨でジメッとしてますが、暑さの和らぎを感じつつ、朝晩の冷え込みには十分お気をつけください♡

 

23℃と書き、みんなの前で恥をかいてしまった男の子。大人になってもほろ苦い思い出になって残り過ぎないといいですが、、笑