子供を信じる

親に他人に、自分の本当の気持ちを言うことができない。

「どうせ言ったって、、」

売り言葉に買い言葉だけで歩む人生なんて、中身も人生の質もよくないですよね。

でも、ついつい言っちゃうんですよね。

 

そういや娘がピアノをやめたがっていた時もそうでした。私たちは、娘の気持ちを尊重していなかった

誰でも少なからずそんな時があるけれど、自分の人生の歩みを振り返ってみて、“親の過干渉”について考えてみました。

 

私の両親はまぁ、相談相手になってくれたことなど…ほとんどない。でも、私のやりたいように好きなようにさせてくれていた方かな。過干渉というよりはネグレクト寄り⁉︎笑

 

そんな私が結婚した時は、心理学などを学び始め6年が経過する頃でした。

私の目に映る結婚当初の旦那さんは、まさに絵に書いたような家族関係で…、28歳になるその時でも父親と会う度に口論を繰り返し、仕事など一人前として認めてもらえず、私にとってそれはそれは不気味居心地の悪い光景でした。

親が子離れできておらず、本人もそのことに気づいていないのです。

 

このままでは一人前のオトコになれないぞ!と、なかなかに危機感を持った私は、彼の深い部分からくる不安や劣等感・自尊心の低さに否定的にならず寄り添い、数年かけて親離れさせ、ここだ☆というタイミングで一気に子離れしてもらいました。

結婚して6年目でした。ま、その辺の細かい話は置いといて、、笑

得意の心理学を応用しながら、わたくし“あげまん”になりきってですね。今では、法人会社を設立し新聞にも度々載せていただき、まさに一人前の社長として年収をグ〜ンとアップさせています。

男性は仕事のやりがいが大事だし、自分を売り込むことの大切さも知り体感してほしい!ここまで育ててくれた両親への感謝の気持ちを忘れずにいれば、付き合う人も変わってくるし、収入アップも自信につながりますもんね。

 

いったいどうやって克服したのか?どうやって信用してもらえるまでに持ってきたのか?

うん、それはもう、やってみるしかない。

一時的には関係性が悪くなるかもしれないけれど(いや、めっちゃなる)誰かが悪者役を買って出ないことには、人は成長しません。実はこれ、私得意なんです。笑

自分の身の丈を目の当たりにし、鬱っぽくなることだってあるある。それこそが人生の大切なプロセス

自分自身の弱さと上手く付き合えないようでは、他人や家族と上手に付き合うのは難しいでしょう。

例えば、嫌なことが見えたりするとすぐに関係を断とうとするとか、 物人事の良いところ悪いところ含めて程よい距離感で向き合えず、すぐに投げ出してしまうとか。

 

たとえ子供の頃の土台がダメ⁉︎だって、出会う人に恵まれ、付き合う人に恵まれ、引き寄せれる自分でいつづけられるなら、困難はチャンスでしかないと思っています。

 

いつもの習慣を変えるということ。

いつものパターンを変えるということ。

それは、無意識の部分に意識を持ち込み、今この時に使う言葉、行動を、一呼吸置いて考えてからやってみる。ということ。

他人からの干渉、上司や同僚からの干渉、それよりも親の過干渉ほど子供の可能性をなくすものはないと思います。

 

子供の成長は、段階をおっていくものです。

例えば、某子育て論において、子供の成長にはこんな4か条があります。

①乳児は、しっかりと肌を離さず

②幼児になったら、肌を離して手を離さず

③少年には手を離して、目を離さず

④青年は目を離して、心を離さず

子供を信じ、これをちゃんと押さえていれば良いと言います。

 

15〜16歳の思春期頃にはほぼ人格のベースが出来上がってくると言われており、考え方や行動などを親が変えようと試みても反発が余計にひどくなるばかりで、思い通りにはならないでしょう。

成人になってもそれができないのは親の問題

 

旦那さんは、はっきりとした「反抗期がない子」でした。親の過干渉のためそうなったかもしれないし、成人してもなお過干渉が続いたのは、こういった思春期を送る子供の特徴でしょう。

 

親自身が、干渉せずにはいられない頼りない子供に仕上げておいて、我が子は頼りないと決めつけて嘆くのです。

一方子供は、何か意見をしても、親の感情・考え・行動のやり方に全てすり替えられ自分の意見が通らなかったので、自分の気持ちを深く考えさせてもらえず、それを発するチャンスと成長するきっかけを、ことごとく奪われてきたのです。

だから、売り言葉に買い言葉でしかコミュニケーションが取れなくなってしまっています。

 

上の4か条親や周りの大人たちが心がけておかなければなりませんね。

 

ちなみに私は、他人の子供を叱る人間です。笑

親にどう思われようと言われようと、その子供にとって必要な立場を都度演じます。

 

子供を信じて手を離してあげましょう、目を離してあげましょう。

 

自身の子供時代を思い出し『自分だって親からしてもらえなかった。。』と嘆いても始まりません。(過干渉がやめられない親はよくこう言います)

インナーチャイルドがどうであれ、トラウマや習慣がどうであれ、子供を親の所有物にしてはならず、自分の嫌なところを投影し仕返ししてはならないのです。

そんな意味では、自分自身との付き合いが一番難しいのかもしれませんね。

 

娘の周りにいる大人はよくも悪くも様々。

私自身も「う〜ん、そのやり方(言い方)は良いと思わないな〜」と思う日常が多々あるけれど、

『人は皆違って当然でそれがまた素晴らしいこと』だと思うのです。

最近は娘、ちゃんとフォローできているのか⁉︎泣きながら嫌がることも、ひとしきり泣いて自分で納得し、なんだかんだ過ごしています。

 

私と娘は別の人間。私の体内で肉体をつくりDNAを分けただけの可能性を秘めたダイヤの原石です。

彼女が自分の感情・考え・行動を私に制限しなくて済むような母親でありたいと思っています。

どんな腑に落ちないことでも、親である私が子供の世界にしゃしゃり出ず(言葉がけも)、見守り、愛のある言葉を選び、常に意識は遠い未来に向けて行こうと思います♡

 

将来なにをするかなんてわからない。私なんて40歳でようやく何がしたかったのか気が付いたくらい!

でもね、思えば思春期の頃から常に“こんな人間でありたい!”ってゆうのは強く持ってましたよ。今、そうなってますよ、私。

 

これだけ自分で考える力を身につけさせてくれたのは、手出し口出ししなかった両親のおかげだと、感謝しています。亡き父にも、ちゃんと言葉で伝えたかったな〜。

我が娘にも広い世界観で生きてほしい☆

GCの“森のブランコ”次は娘、いつ乗れるかな♪

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