思い通りにならないことを受け入れられないことで起こる苦しみ

秋晴れの今日、お店の外は赤トンボだらけです!

数匹しか写り込めてませんが。笑

 

今日は、自分の機嫌の取り方(心の整え方)の一例を書いてみたいと思います。

 

先祖代々本物志向⁉︎

親子読書のお便りをもらってきた娘。

1、親子で1冊の本を読む

2、親が子供に読み聞かせする

3、子供が親に読み聞かせする

4、それぞれに違う本を読む

 

朝ごはんにはいささか熱すぎる雑炊を食べながら

「どれにする?」と聞くと

「3にする!」と。

学校の図書館で借りてくることになりました。

何を借りてくるのか楽しみです♪

 

なぜかいつもこのくだりから始まる、娘の“幼児期回想エピソード”

「大人に読んでもらう絵本って、つまらんかったな〜、全然楽しくなかったもん」(就学前)

「なんで?読む人に気持ち入ってないでか?」

「ううん。話の内容が本当のことでないで。ほんで?…んなわけないやん!…ってなるんや」

「あ〜、確かに絵本はつくり話が多いでなぁ」

「本物が好きやで、先生の本当にあった話の方がおもしろいに決まってるもん」

 

なるほど。

 

例えば、動物園でたくさん見るよりも、山を歩いて偶然出逢う野生の鳥・蛇・トカゲ・虫に興奮する娘だから、こんなことを言うのだろう。

それはきっと母親似だろう…

そんな母も父母から受け継いだ考えを子供に教えているだけです。

こうやって、先祖代々

物事の捉え方というものを学んで(本人そのつもりはないが)身につけていくのです。

世界を知らない子供にとって、親は世界を知るための最初の人間

自然と身についてしまうのは、子供の頃の環境がそうだったから

に尽きます。

 

だから先日のUSJの“つくりもの”より、そこで出会った外国人にたくさん声をかてみた!という話を嬉しそうに話してくれたんやね。

大仏の鼻の穴は一応くぐってみたけど、断然鹿といちゃいちゃせんべいタイムが楽しかったようだし。

愛しの鹿に会いたくて、また奈良へ行くんだ(連れてけってこと)とか。

 

7歳までの心の土台はしぶとい

私たちは皆、環境によって大きく左右されてきたのですが、

これは小さな頃、例えば7歳くらいまでが本当にほんっとに影響してるんだな〜と、心理学や精神医学を通して、また自分自身の経験を通して実感の極みです。

 

先日こんな世界と世界のチグハグ体験をしました。

ざっくり説明すると、

そこにいた数名は(異なるタイプ)心の土台が根本的に違うが故にぶつかりあう(もしくは永遠に分かり合えない)というお話です。

 

自然豊かな土地で自由に育った人たちとそうでない人たち

物事の良い部分を見つけようとする人たちと悪い部分を見つけようとする人たち

つまり

本来なんの意味も持たない出来事に対して

良い解釈をしょうとする人と悪い解釈をしようとする人の違いです。

 

こちらがどれだけポジティブに話し合おうと試みても、あちらは自分自身の強いネガティブな気分に飲み込まれて悪い着地へ向かおうとします。

こちらが一生懸命に引き上げても、あちらは一緒に引きずり下ろそうとむしろ必死になります。

 

頭の中と心の中は言わないと分かりません。

価値観は人それぞれ。

だけど、こういう時に当人は価値観なんてすっかり忘れてしまっており、“何かから”身を守ることに終始します。

ずっとそうやって無機質な世界を歪めて生きてきたのですが、

そんな部分も含めて個人を尊重したいので、それでいいと思っています。

 

問題は、意見を異にした時や、相手の勝手な思い込みで被害者意識を感じている時。

それはつまり

『自分の思い通りにならなかった時』

その反応に本当に言いたかったことが現れたりします。

 

我慢ができない幼稚な自分を隠すための防衛として「あなたのせいでこうなった」という心理ゲームを使うことがあります。

(詳しくはポジティブマインドセッションでミニ講座をどうぞ)

 

子供はよくしますよね、私もたくさんしてきたはずです。

「お母さんが〇〇しろっていったでこうなってもたんや!」

「〇〇ちゃんが邪魔したで失敗したんや!」

うまくできなかった自分を守るため、引き下がれなくなったプライドを守るためだけに子供っぽい攻撃をしてしまうのです。

「自分は悪くない」

「自分がいちばん正しい」

「誰も謝ってこない」

などと。

 

だけど、大人になるに伴いどこかで自分自身が変わっていかなければなりません。

そうでなければ、どんどん他罰的な態度で生きる自分自身に疲れ、生きづらくなってしまいます。

 

自分で自分の機嫌をとるというスキル

他罰的な攻撃をしている時、何が言いたいかというと、

私の機嫌が悪くなる前に、どうしてあなたは先回りして私の機嫌を取ってくれなかったの。

ということです。

 

いやいや、知らんがな。

人の頭の中や心の中は、誰にも分かりません。

「こうして欲しかった」

「言ってくれなかった」

「私がどんな気分でいるのか知らないだろう?」

確かに知りません。

 

言わなければ相手には伝わらないのは子供でもわかっています。

人間には言葉を話せる口がついているのだから。

 

例えば、『正論は気をつけて使わないと人を傷つけてしまう』といいます。

また、たかが休日の遊びでも、

正しいか正しくないかで判断する側と楽しいか楽しくないかで判断する側には大きな温度差が存在します

これを価値観の違いとか、捉え方の違いといいます。

 

私自身にも、自分が正しいと思うことや正論はもちろんありますが、

何かトラブルが起こった時には、「どっちも悪いかもしれない」という前提で頭の中のバランスを整え話を進めるようにしています。

自分の価値観は横に置いといて、ゼロベース思考になってみる、ということ。

それは「冷静になる」と言い換えることもできますね。

そうでなければ拉致の開かない言い合いで時間を無駄に過ごしてしまうからです。

 

自分の機嫌を損ねるのは自分次第

自分も周りもみんな楽しくなくなるのは、自分次第です。

 

一部始終を見物し終わった娘がこう言いました。

「私は自分が悪いと思ってる。だから私は相手のせいにしてないやろ?」

12歳の方が、心の整え方をよくわかっているようでした。

 

自分で自分の機嫌をとれる人が自分も周りも幸せにしていくのだと改めて思いました。

 

結果的に上手く心を整えることができた私たちは、

公園で下手くそなフリスビーと上手なスピードミントンで遊び、ピクニックをして鯉に餌やりをして、たくさん歩いてお腹ペコペコになったところで、

大量に余ってる素麺を鶏ガラスープで辛〜くして食べました。

 

自分の機嫌は自分で取る。

言わなくてもいいことを言わない賢さを身につける。

 

1回できて終わりではなく、やり続ける意味や、人と関わることの大切さを、私たちはいつでも学ぶことができるんです!

 

あなたの家族は普段、夜の食卓でどんな話をしていましたか?

あなたは普段、どんな風に出来事を捉え、どこに着地しているかを知っていますか?

 

  • いつもと違う反応ができるか
  • いつもと違う言葉を発することができるか
  • いつもと違う解釈をしてみると自分がどうなるか知っているか
  • 自分で自分を驚かせる楽しみを知っているか
  • 自分の周りの人は幸せそうか

 

そんなチャレンジをせずに

どうやって

自分を変えたり成長させたりしていけるというのでしょう。

じゃんじゃん自分を驚かせて欲しいと思います☆

 

ポジティブマインドセッションは、心の整え方を実践講座で学びつつ、自己理解を深めていくことが可能です☆

 

昨夜はレンコンと豚肉とピーマンの炒め煮

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母が亡くなってから、煮物を食べる機会が減ったので、

最近は煮物を作ることも多くなりました。

 

買い物で腕がちぎれそうになる根菜の季節は買い物が億劫になりがち。。

「ミサオさんの煮物たべたい」

「ミサオさんのちらし寿司たべたい」

しょっちゅうそう言ってくれる娘にも感謝ですね!

※ミサオさん=ばあちゃん

 

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。