必死になって手に入れたものを頑張って手放そうとする人たち
昨夜、夜中に中途覚醒しトイレに行ったあと
なんとなく暑いし寝苦しいなぁとゴロゴロしてたら2時間が過ぎていた、アラフィフSachiyoです。
ちょうど先日、60代のお客様がこんなことを話されていました。
「最近は4時半に目が覚めるから、朝草むしりをするんや。涼しい風が吹いてすごく気持ちいいんやで〜」
夜中の3時半。草むしりするにはちと早いので、頑張って寝ようと目を閉じたら、
隣のサンルームから、ガラゴロガラゴロと大きな音(何かの乗り物⁉︎)で近づいて来た誰か(ぜったいガイコツ!)が、足元に移動し、私の顔の方に向かって大きな足を伸ばしてくる…??
うわ〜声が出ない〜、落ち着いて身体をよじりなんとか手でガード!!
にしても“皮膚のある”デカイ足。
って、これ金縛りやん!って頭でわかってる、久しぶりの感覚でした。
夢と現実が入り混じる、なんとも不思議な体験、金縛り。
…やれやれ。
突然押し寄せてきた波に立ち向かう
これは自分が引き起こしたのか、来るべきして来たのか⁉︎
実はこの1ヶ月は、なにやら集中できないざわざわとした日々が続いていました。
なんたら座の満月のせいもあるのでしょうか。
仕事のスイッチはしっかりと入るのですが、
オフにすると、考えようとすればするほど問題にフォーカスできない、そしてまとめられない…変な焦燥感…そんな感じ。
あ〜これはもう、流れにまかせろってことか!
人は、心のコンディションが良くない時に、考えても仕方のないことを深く考え抜くことはまずできません。
ろくな結果にならない。
もっとも的確に言うならば“ろくな結果にしない”のです。
波は荒波でも津波でも、どっちでも構わない。
それはすべて後から私が解釈することだから。
先日こんな話も聞きました。
ある方は過敏な人だそうで「私は人から“もらい”やすい」のだといいます。
“受け”やすいという表現ではない。
「変なエネルギーをもらいたくないのでそれをバリアしたい」けども
「これまで何を使ってもバリアを透してしまう」のだそう。
確かにそうかもしれませんね。
だけど、悪くなるという前提の心のあり方で世の中を見ていると、
全てが悪となってしまうことでしょう。
自分が悪くなるのは対象(相手側)のせいであって、自分側には問題がないとしてしまうでしょう。
それが良くないと言っているのではなくて。
まるで『何をしても決して幸福にはならない』
見方を変えれば、それがその人の生きる活力の源になってくれているので、簡単に“治って”しまっては困るのです。
奇妙な物語に聞こえる人がいるかもしれません。
人は何かしらを原動力にして行動している節があります。
物語と解釈は大いに関係があり興味深い事柄。
CBD、パロサントやブッダウッドなどは、いいかもしれません。
そうはいっても決断しないといけないこともある
不思議なもので先週から、
2年ぶりや5年ぶりのご来店、新規のお客様が続き、私の決断を試されているかのようでした。
ソファーの決断ではなく、もっとコアな部分ですよ。笑
手放そうとしていたスキルや能力に引き戻される感覚すらあります。
ミッドライフクライシスで少々立ち往生し引き返す人も多いなか、計画し、目標を立てて、自分のやりたいことに邁進していくのは素晴らしいことです。
例えば昨今、SNSを見ればすごい人達がいっぱいいて(いるように見えて⁉︎)
上には上が山ほどいるように見える。
知り合いはとても活躍しているみたい
同年代でものすごい業績を成し遂げているようだ
または
友人は家族といつも幸せそうに暮らしているみたい
知り合いは家事子育てと仕事の両立が完璧にこなせているようだ
みんな仕事もプライベートも順調そうだな
それに比べて私は…
あなたにはそう見えている。
上に立てば、下から押し寄せるプレッシャーがあります、
真ん中にいれば、下の声を届けたいけど上からの抑圧や重圧があります、
下にいれば、いつまでもうだつの上がらぬ自分に甘んじているようにも見えてくるのです。
そんな自分も含めて自分なんだと、褒めて労いたい。
中年や晩年になって気づくこと
人は若い頃躍起になって増やしてきたものを、中年になると必死になって減らそうとしている。
若い頃急いで手に入れたものを、急いで手放そうとしています。
- 断捨離
- 手放し
- ミニマム
- シンプル
- オーガニックな暮らし
など。
第二のなりたい形がありますが、変わらないのは、
昔は必死になって欲しがったものを今は頑張ってなくそうとしている
ということです。
そうしなければならない何かがあるのですね。
コロナが収束し、人々はより活動的になり始め、
すでに大きな変化が起こりつつある2023年。
世界は空白の3年間を取り戻すかのような動きをあちこちでしていますね。
「あのな、人っていうのはな、中年になるととにかく守りたがるんや」
と、若い頃から耳にタコができるほど聞いてきましたが、こんなに増えてくるとは、、
じゃなかった、
昔からたくさんいるけど自分の年齢の方がそこに突入して来たんだった。
自分を生きていない人がいたとしても、
『もったいない』なんて無責任な言葉は言いたくありません。
その人は自分で選んで守りを実践しているのですからね。
その素晴らしい熱情を、自分にふさわしく返ってくるような幸福感に変換できたらもっといいですね☆
今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ソファーが、お別れの日を迎えようとしています。
ピカピカにして待機中
14年間、私たちのお尻と付き合ってくれてありがとう♡